人生のスパイス2

日常生活から戻ると、私の思考は8との過ごした日々で支配され、あまり他のことは考えられなくなった。似通った趣向で非日常的な楽しい時間。8という人物に触れた様々な考察で脳内は忙しかった。8は提案はするが自分の意思を主張することがない。そのコミュニケーション方法にかなり戸惑った。

その独特のコミュニケーション方法は私の父のものそのものであり、本人の感情はハッキリと見えない。その中で彼らの本意を見つけ適切に対処するのは1種のワザだ。私は少なからず父で訓練されたその技を持っていたので、8に選ばれたのは確かだ。

8はいわゆるオーバースペックな人間だ。その上容姿もかなり良い。そんな人間が私を家に招き、信頼関係の元深い関係になれたというはのは私の中の価値をかなり高めた。そんな彼が未だにフリーな事実には大きな要因がある。

8の社交性は群を抜いているがしかし、大変消耗する。実は自分の人生の汚点をとても引きずっており、時々抑うつ状態に陥る。そう、まるで私なのだ。私と8はうつし鏡のようにそっくりで同じ悩みを抱えていたのだ。そんな彼は私という弱った人間を保護することで己を保っていたのだ。

8の独特なコミュニケーションと破天荒な経歴、そして他人への興味のなさは確かに深い人間関係構築を困難にしているようだ。本人も自分は友達がいないと日々苦悩していた。逆にあれ程のオーバースペックな人間が年相応の悩みを抱えていることに驚いたし、愛おしく思えた。

8への人間的な考察からやがて私は強い愛おしい感情を持つようになった。4連休後も相変わらずの頻度で電話した。そして電話の最後にいつも「愛おしいです。あなたを愛しています。」と伝えていた。そして「そうですか」と言われて終わる。私は4連休の2連敗に加え4連敗した。もう毎日心はきつかった

10月の中旬のある日8から葉山のペンションのURLが送られてきた。なんの事かと思ったが「いきたい?」と聞かれた。葉山のペンションはこの時期アクティビティとしては微妙だったので他の行きたいとこはないかと聞いたところ箱根のいくつかのオシャレな宿が提案された。かくして我々箱根に行く

ことになったのだ。まるで不倫旅行である。私は自分の思考を完全にとめた。考えたら一刻も早くこの関係を終わらさなければならない。名前のつけられない関係、と8は言ったけれど、客観的に見れば「セフレに片思い」だ。最悪だ。

そうして、私は心に蓋をした。単純にら箱根旅行を楽しみたい。そしてこれ以上傷つきたくない。なんなら、ほかの人をすきになりたい。以前から交流があって私に気持ちがある人とデートしてみたが、まるで気持ちが凪だった。私は気持ちに蓋をするがあまり好きになる感情すら感じなくなっていた。

まるで宝石箱に感情を押し込めて大きな鍵をして深海に沈めたようだった。それでも8への恋情は沸騰するお湯の如く湧き出て、深海の宝箱から溢れてしまい、海面近くまでその熱が伝わるかのように抑えることができなくなっていた。

8が元カノ然り、他の女の子の話をすると私の胸は軋むように痛くなる。それでも声色を変えないように必死で、私も腹いせのように他の男の子の話をする。それでも8の態度は一切変わらない。それが憎らしくて、私と同じ気持ちでないことの証明となってしまい、悲しくなった。

私と8のコミュニケーションは独特で、私が恋情により胸を痛めていることをきちんと言葉にしたり、感情を言葉にするようにした。でもそのおかげで私は、自分の感情が遅れてやってくることに気づいた。そしてそれを適切に対処できれば、情緒不安定が軽くなることに気づいた。

また、8との対話を通してうつし鏡のような自分と向き合うこともできた。8の激しい劣等感や憂鬱は客観的に見れば大きなことではなく、本人が激しくそう思っているだけで、第三者はそうでもない。それはまさに私にも言えることで、自分は自分が思っている以上に取るに足りない人間でないことが

心の底から理解できた。これは私が10年間悩んできたことで、それが解決してしまった。それをきっかけに私の周囲は動き出した。精神的な不安定さと自己肯定感の低さは8との対話で大きく改善したのだ。

私は自分が精神的な不安定さを抱えていることをリアルの友達に打ち明けられないでいた。過去にそのせいで何人もの友達を失ったからだ。それが少し打ち明けてみる気持ちになって、結果受け入れてもらえることができた事例があった。言いにくいことも打ち明けられる友達ができた。

友達に8との関係を打ち明けたりした。それがきっかけでさらに恋情は増し、私はあまりにも8を想うが為、少し遠慮したりした。いつも電話をかけるときは遠慮などせず連絡していたのに、事前にいついつ電話してもいいかと聞くようになった。(ビジネス的には至極当たり前)

それが8によからぬ憶測をさせたようで、少し機嫌を損ねてしまうことがあった。そのあたりから我々の関係は少し変化してきた。私は必死に8の機嫌を直すように取り繕ったりするようになった。私の恋情と8の態度は目まぐるしく変わり、毎日がジェットコースターのようだった。

これ以上恋情が強くならないように、思考を止めて、気持ちのを押し込めた箱をさらに深海へ沈めるように必死に努力して、それでも感情を引き出してくる8に私は堪えられず、告白してしまう日々だった。

箱根行き1週間前。その日も言い逃げのように8への気持ちを言葉にして電話を切ろうとした。すると8は不満げに「毎回そうやって逃げるけどさ、逃げるなよ」と言った。「いい言葉を教えてあげる。おそロシアと言う言葉あるけど、それに答える言葉はおそれんな(恐れ+ソ連)だからね」

おそれんな。その言葉がきっかけで深海に沈めた感情の箱は海面まで浮かび上がってしまった。もう抑えることが出来ない。箱根まではこのまま平穏でいたかったのに、私は行動せずにはいられんくなって、なんとしても8と付き合いたいと言う感情に支配された。

次の日。どうしたら付き合えるのか、とりあえず8の今の本当の私への気持ちをはっきり言葉にしてもらおうと決めた。8にいつもはしない問いをする覚悟で電話をした。いつもよりはっきりと酔っているのがわかった。

「私、本気で付き合いたいって思う」もう抑えることが出来ない気持ちをぶつけた。「え、何脅迫されてるの?こわww、俺刺されるかもしれないじゃん。」 。。。 私の気持ちは一気に冷めた。そして傷ついた。さらに要約すると過去にも刺されそうになったことがあるらしい。

そうだ、そもそも私のようなメンヘラ女子を囲っている人間なんだ。過去に刺されそうになった経験があったっておかしくない。それより、何故刺されそうになっているのか理解せずに同じようなことを繰り返していると言う時点で、人への理解や気持ちの配慮ができない人間であることがわかる。

急に冷めて、その日は茶化して電話を切った。一周回っておかしくなって、私の恋情は一気に冷めて、小さい蛇口から37°のお湯が出る程度になった。それと同時に私が絶対にそんな加害をしないと言うこうことはわかってるはずなのに、冗談でもそう言われたことが悲しくて大変傷ついた。

次の日。冷めたことで、大変良い感じに箱根を楽しめそうな予感がした。それは良いことなので、8に伝えようと思った。業務後すぐに電話した。すると昨日、私に言ったことを覚えていないと言うのではないか!泥酔していてほとんど覚えていないと言われて私は大変驚いたが、冷めた事実は伝えた。

茶化してこれで箱根満喫できるね〜と言って電話を切った。私は大変気分がよかった。なんせ燃えたぎる情熱は消え、清々しい気分になれたのだから。しかし、事は起こった。しばらくして8からさっきひどいこと言われたし酒を飲んでいるとメッセージがきた。

 

素直な感想は「は?なんで?」だった。私の恋情が冷めて都合良くなるのはあなたなのになぜそれを気に病むのか。私は一体なんなのか。訳がわからなかった。飲みが終わって帰ったら電話してと伝えて、私は深夜まで待った。しかし、私も疲れていて寝てしまった。朝起きると8から不在着信があった。

これはやばい。以前も私が寝てしまって、8からの着信を取れなかった時、偉く機嫌を損ねてしまった。ましてやこのねじれた状態でこれはまずい。私は気が気でなくなった。業務中も気が気でなくて本当に仕事にならなかった。業務後すぐに電話した。

8は普段と変わらない声で電話に出たが、それでもあまり機嫌が良くないことがわかった。私はまず昨日電話に出れなかったことを謝った。また、私が冷めたと言ったことで機嫌を損ねたと言う事実に対して謝った。そしてその真意を論理的に話した。8は自分が泥酔して覚えていないのに

一方的に冷めたとか言われて気分良くないと言った。そして「こんな関係で箱根行けるの?」と言ってきた。心臓が飛び出るかと思った。私は帰宅途中だったが、一回立ち止まって、深呼吸して、ならば昨日私がどんなにひどいことを言われたか教えてあげると言って、傷をえぐりがながら話した。

泥酔している時は本当は思っていないことも話している時があると8は言い訳をしたが、私が傷ついたことに対する謝罪はなかった。いつの間にか私はなぜか機嫌を直すように許をこいていた。そして結局のところ雨降って地固まることを理解させ、このことは水に流そうと言う提案しわかったと言わせた。

どうにか、機嫌を直すことに成功し、箱根もキャンセルしなかった。そして8のいつものおしゃべりを聞いて電話は切った。私は心底消耗し、大変疲れた。あまりにも疲れて友達3人に話を聞いてもらわないと、自分が保てないほどだった。

そもそもおかしな話だ。私の片思いを伝えたら、脅迫されたと言われ、私は大変傷ついたのに、それを覚えていない。そのことに対して一切謝罪なないのに、私が一方的に悪者扱いされ謝り倒している。これがモラルハラスメントというやつかと思った。

私への気持ちの配慮が一切ないからこういうことになるのだ。本当に悲しかった。そして、ここまできたら、人の金で高級旅館に泊まっておいしいものを食べてやるという気持ちになった。私は一見完全に割り切ったような気持ちになった。でも一見でしかなかったのだ。

箱根への前日。8からめちゃくちゃ楽しみだね。という旨のメッセージがあった。なんと能天気なと思ったが、私も楽しみだった。そしてやれやれやっとだという気持ちになった。そして、不安でもあった。